令和2年7月11日、勇武館は天然理心流の稽古を再開しました。

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 お久し振りです。
 本日のコーヒーは、「ケニア キアンドゥ農園」です。
 飲み始めは軽やかなレモンのような柑橘系の風味、冷めるとハチミツのような甘さと質感に変化し、日本でも大変好まれています。
 どうぞ、お楽しみ下さい。

 7月11日、勇武館は2月の調布 布多天神社演武以来、5ヶ月振りに稽古を再開しました。

 今春はコロナウィルス感染予防の為、2月中旬より稽古はお休み。各地の新選組関係の行事も中止されていましたが、7月に入り、ようやく感染防止を徹底しての道場の使用が可能になりました。
 とはいえ、まだまだ油断は出来ず「三密」を避け、ソーシャルデスタンスを取り、マスクの着用、手、指の消毒をして、試行しながらの稽古でした。

 稽古は、木刀の素振り、組み太刀、居合の稽古が中心でした。参加者は少数でしたが、久し振りに木刀を握っての稽古に、やっと戻れたかと、楽しい稽古でした。

 門人達も就活に、仕事に、勉学に大事なこの時期、慎重な対応を取ってくれました。コロナの恐ろしさを実感しました。

 東京を中心に首都圏では、コロナ感染者も増加しており、心配もあります。これからの稽古も感染防止を図りながら、「うつさない、うつされない」を徹底し、稽古してまいります。

佐久間象山

 また、資料によれば、この日、元治元年(1864年)7月11日、松代藩士で幕末期切っての俊才にして軍学者、公武合体論者の佐久間象山が、熊本藩士の倒幕過激派 「人斬り彦斎」の異名を持つ河上彦斎に京都 木屋町で斬殺されました。全く以て理不尽で許せない蛮行でした。
 欧米列強と互して行く日本にとって大変大きな人材の損失でした。

 佐久間象山は、新選組とも少なからずご縁があり、象山亡き後、一子 恪次二郎は会津藩士 山本覚馬の斡旋で新選組に客員入隊しました。
 近藤勇と会津藩士 山本覚馬とは、かねてより知遇があったので、近藤勇は快諾した。 とあります。

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