令和2年(2020)5月11日は、新選組副長 土方歳三、151回目の命日でした。

 いらっしゃいませ!  ようこそ!

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 本日のコーヒーは、ブラジル サントス NO.2ー18 です。
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 明治2年(1869)5月11日、新選組副長 土方歳三は函館一本木関門付近で、新政府軍と壮絶な激戦の最中、敵の銃弾を受け、絶命しました。  享年35才。

 昭和10年(1935)春、三鷹 龍源寺 林 正禅ご住職が著した、「近藤勇 略伝」の中で、土方歳三についての記述があります。

 土方歳三については、既に多くの作家、研究者のよって語り尽くされておりますので、改めてお話するのははばかりますが、昭和10年頃は、未だ記述も少なく、また関係者(勇五郎達)からの聞き書き、伝聞も多く、史実とは、多少の違いがありますが、興味もありますので参考までに紹介します。  (「近藤勇 略伝」の記述通り転載)

「彼 土方歳三は、南多摩郡石田の豪農土方隼人の四男に生まれ、幼にして父母を失ひ、11歳の頃、江戸上野の呉服屋 伊藤松坂屋に丁稚奉公に出る悲運の間に成人したが、生来の利かぬ気の歳三は幾許もなく此所を飛び出し、後、日野の豪家 佐藤俊正氏に引き取られ、近藤周助の門に入り専ら武を修むる身となった。彼は天性一見婦女の如く、温なしく優しい眉目清秀の美男子であったが、其の心は勇も一歩を譲る深謀果敢の士となった。勇と生死を共にするに到っては、此の人にして荒くれ者ばかりの隊中に大いに異彩を放っていた。一見婦女の如き彼が機に臨み、刀を取って立てば、別人の如く勇猛絶倫、彼の刀は縦横無尽に走り、敵を撃退させたとの事。彼の優しい顔でどうして人を斬れるのだろうと、常に怪しまれた位であったといふ事である。彼は又、勇を佐けて新選組の副隊長となってはよく隊員を統率し、彼の深謀術策は、又よく隊の趣く所を誤ちなからしめたと云う事である。」 と。

 ふるさと多摩に伝わる歳三辞世の句

    たとひ身は 蝦夷の島根に朽るとも 魂は東の君やまもらむ

                  (出典 土方 愛 著 子孫が語る 土方歳三  新人物往来社)

 この掛け軸は、土方歳三資料館 館長土方 愛氏の御祖父 土方 康氏が昭和50年頃に揮毫された直筆です。私が土方家へ伺ったいた折、頂戴し、永く親しむべく掛け軸にしました。

 只今は、天然理心流 勇武館の館旗「誠」で、稽古に、ゆかりの地での演武会に掲げ、天然理心流の発展、伝承に励んでいます。

 私共、天然理心流 勇武館一門は、これからも土方歳三との絆、大事に、大切にして参ります。
 有り難う御座いました。

    土方歳三様、お心 安らかに!

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