令和元年7月6日、香取神宮、鹿島神宮にお参りしました。

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 ~Isami Cafe~ へ

本日のコーヒーは、オーガニック コロンビアです。

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 7月6日、梅雨空でしたが、かねて予定しておりました、香取神宮、鹿島神宮にお参りしました。
 昔より「兵は東国にあり」と言われております。ここ香取、鹿島の地より多くの防人達は、両神宮のニ神に守られ都へ上り、ヤマト朝廷の守衛と外敵の侵入に備えておりました。

 香取神宮は、下総之国一宮です。由緒によれば、神武天皇の御代に創建され、御祭神は経津主大神(ふつぬしのおおかみ)で、上古より東国開拓の大業を成し遂げられ、国運開発の神、武道の神として全国から深い信仰を集めています。

 また、神宮の近くには、剣術の始祖 飯篠長威斎の墓所があります。天真正伝香取神道流の開祖で、香取は日本の剣術の聖地と言っても過言ではありません。

 天然理心流を創始した、初代 近藤内蔵之助長裕は諸国遊歴の折り、香取の地でも剣術を修めました。伝書に飯篠長威入道十九代と記しています。
 そして、「天然理心流の初太刀は、飯篠長威の伝なり、余が気術を増して当流の表となす」と認めています。

 初めて、お参り出来ました。墓前で手を合わせ、天然理心流とのご縁に心より感謝しました。長威斎先生のオーラでしょうか、背に気配を感じました。

 資料によれば、先生は兵法書等を著し、室町時代中期の長享2年(1488)4月 没。

 利根川を渡ると常陸国に入ります。

 常陸国一之宮 鹿島神宮です。日本建国、武道の神様で、香取神宮とは上古より深い関係があり、鹿島・香取と並んで称されています。
 御祭神は武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)です。神武天皇元年に創建され、古くはヤマト朝廷が東国遠征の拠点として重要な務めを果たしていました。

 後年、徳川将軍家をはじめ、武家衆からも厚く信仰されていました。いまでも、多くの武道場には「鹿島大明神」、「香取大明神」の掛け軸が掲げられています。

 流祖 近藤内蔵之助長裕も、この地で鹿島新当流を創始した、剣聖塚原卜伝へ想いを馳せながら修行に励み、「自然にさかわらず 天に象り
 地に法り 以て剣理を極めよ」との悟りを得心し、天然理心流を創始しました。

 鹿島神宮から程近く、沼尾の地に剣聖 塚原卜伝の墓所があります。

 塚原卜伝は、若くして鹿島神宮に一千日の参籠を果たし、「新たな事に当たれ」との御神意を得、極意「一之太刀」を授かり、流名を「鹿島新当流」と称したとあります。
 塚原卜伝は、幾度の真剣勝負に一度も後れをとらず、後世にわたり剣聖と尊敬されました。

 戦国時代、織田信長が覇権を制する京入京した元亀2年(1571)に没。83歳の生涯でした。

 私共、天然理心流勇武館にとりまして、香取神宮・鹿島神宮は初代からの深いご縁で結ばれている聖地です。近藤勇も入門に際しての神文帳の誓詞で熊野三山の御神名と並べて、鹿島大神宮の神名も記して門人達へ、心して励めと戒めております。

 本日、飯篠長威斎、塚原卜伝の墓所にお参りし、静かに手を合わせますと、後世の剣客達が邪念、邪心を捨て自己研鑽と武技向上への真摯な願いが心に響いてきます。
 近藤勇も、その一人でした。「一誠を以て 天地の公道を極める」  大儀に生きた人でした。

 本日のお参りは、私にとって、これからも心に残る貴重な一日でした。 大事にしたい!

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