4月25日、会津 天寧寺の近藤勇忌に参列、お焼香と天然理心流の供養演武を行いました。

 4月25日、会津若松ライオンズクラブ主催の近藤勇忌に参列させていただきました。

 会津若松ライオンズクラブ様には、もう50年以上の前から近藤勇の命日である4月25日に供養祭を賜っております。誠にありがとうございます。
 今年は、25日が土曜日で多くの関係者、ファンの方々も参列され、ご住職の厳かな読経が続く中、ご焼香をいただきました。重ねがさね心からお礼申し上げます。有難う御座いました。

 近藤勇も、在京中、幾度となく会津中将松平容保公に拝謁し、政務の事、市中取締りの事などで懇談させていただいておりましたでしょう。時には、容保公より鶴ヶ城のお話なども、いただいた事と思います。勇もお話を伺いながら、遠い会津鶴ヶ城への想いをはせていた事でしょう。

 今、ここ天寧寺の裏山深く静かに眠る、勇の心境はいかばかりかと。安らかに過ごされるよう祈りながら、手を合わせ頭を下げました。 うぐいすの声と涼しげの風を頬に感じ、 一瞬間、すぅっーと心が和みました。

 お焼香の後、天寧寺本堂前庭にて、天然理心流勇武館道場有志による、供養演武を披露させていただきました。鶴ヶ城を望みながら、勇の嬉しそうな、穏やかな笑顔が思い浮かびました。

 天寧寺供養祭をお暇した後、鶴ヶ城お堀端にある佐川官兵衛顕彰碑に立ち寄り、ライオンズクラブ植樹の桜木を見物。七日町の阿弥陀寺 「藤田家 斎藤一」の墓にお参り。中野竹子の墓にお参りした後、如来堂へ。

 遠くに残雪をいただく越後の山々を望む、小高い如来堂周辺は、斎藤一率いる新選組、会津藩兵の軍が決死の陣を構え、兵力、火力とも圧倒的な西軍と対峙し、死を恐れず堂々と「正義は、我にあり」と壮絶な戦いを展開した激戦地でした。そして多くの隊士、藩兵が亡くなりました。         しばし静かに頭を垂れ黙とうしました。

 帰りに見る会津盆地を取り囲む山々は、わずか1日たっただけですが、新緑が深まった感じがしました。

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